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音楽アーティスト浅井健一がインディーズを設立した理由

インディーズと言えば、かつてはメジャーレーベルを目指す若いバンドのためのレーベルとして存在し、XやGLAYが在籍したとことでも知られる、エクスタシーレコードなどが有名ですが、最近では、メジャーデビューしている音楽アーティストが、自由な表現の場として在籍することも珍しくありません。

浅井健一もそういった音楽アーティストの一人です。彼は1991年にBLANKEY JET CITYのメンバーとしてメジャーデビューを果たしています。当時、刺青姿のバンドなど存在していませんでしたし、激しくも美しい楽曲の数々は今も多くの人々の支持を集めています。

2000年のBLANKEY JET CITY解散と同時に、浅井健一代表取締役としてSEXY STONES RECORDSを設立し、彼のソロ作品や彼が参加するSHERBETSJUDE、PONTIACSなど、様々な作品を世に送り出しています。

浅井健一が面白いのは、自らのインディーズ・レーベルがありながら、時折、メジャー・レーベルからも作品を出し続けているところです。彼がインディーズ・レーベルを設立した理由は、自由な音楽表現の場を求めたことに間違いありません。というのも、メジャー・レーベルに所属していたBLANKEY JET CITY時代にも「悪いひとたち」という楽曲の歌詞がメジャー・レーベルからは発売できないとの理由でインディーズ・レーベルから発売しています。「悪いひとたち」は、その後のBLANKEY JET CITYを代表する楽曲として知れ渡ることになりますが、この時、メジャー・レーベルでの表現の限界を感じたことは想像に難くありません。

一方で、メジャー・レーベルでのプロモーションの効果を肌身で感じていることも間違いありません。良い楽曲をみんなに聞いて欲しい。そんな想いが強いのも浅井健一の音楽アーティストとしての自信と願いなのです。

浅井健一は、自由な表現の場を求めて、インディーズで素晴らしい作品を発表し続ける一方で、時折、自らの作品を聴かせる入り口としてメジャー・レーベルに顔を出しているのです。もちろん、どちらのレーベルからも浅井健一らしい激しくも美しいサウンドは、BLANKEY JET CITY時代よりも進化して、さらに心に突き刺さってきます。