音楽アーティストの大安売りに苦言を呈する

とある日本の歌謡曲番組を見るともなしに見ていたら、司会アシスタントの女性がしきりに「アーティスト」という言葉を使っていました。このアシスタントの言うことを受け入れたら、この番組に出演した歌手およびグループはみなアーティストだということになってしまいます。

音楽アーティストと言うと、他のジャンルのアーティストに較べると敷居がずいぶん低いように思われます。なぜでしょうか。

本来アートとは、芸術という意味です。したがってアーティストというのは芸術作品の創作家ということになります。本来これ以外の訳語はないはずです。ところがこの分野においては音楽アーティストの大安売り現象が顕著に見られます。

その理由を考えてみると、音楽というジャンルが他の芸術分野に較べてどのような特徴があるか、に重要なカギがあります。文学・映画・美術に関しては、それを理解するための素養というものが必要になってきます。そして良い作品に大量に接することで感性が磨かれていきます。また良い作品というのは時代を超えて残るものです。それに較べると、音楽においては「芸術」と「アート」は、別のものと認識されているのではないでしょうか。

例えばバッハの壮大な音楽やベートーヴェンの荘厳な音楽は、芸術作品として21世紀を間違いなく生き残りますし22世紀以降においても同様でしょう。しかし一方において、テレビラジオで日常的に接するようないわゆる流行音楽は、あたかも工場における大量生産品のようで、賞味期限は短く、一時盛大に消費されても後に残るものはごくわずかだと思われます。

しかしリスナーは、好きなものを好きなように楽しむのは自由なのだから他人にとやかく言われる筋合いの問題ではない、と考えているようです。

しかしこれは重大な問題です。これでは価値判断を磨く機会が失われるからです。そしてそれに留まらず、今のところは測定不可能な聴覚汚染の被害に遭い、感性を丸ごと疲弊させてしまう可能性があるからです。

他の分野においてはたとえどのようなものでも価値判断によって選んでいるのに、音楽に限っては好き嫌いが唯一の判断であってみれば、後々様々な弊害を残すことになるというのは言い過ぎでしょうか。未熟な感性を慰めるだけの音楽は低級な娯楽でしかなく、それを供給するのが音楽アーティストであってみれば、やはりアーティストの大安売りは危険な現象だと思います。